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淫獣~媚薬を宿す人魚~

 夜の空気が浮ついていた。
 普段は静かな通りも人の声で賑わっている。子供の姿も多く、わた飴を持った子供を肩車する若い父親もいて、歩いているだけで和んだ。
 聞こえてくるのは、大東京音頭。
 今日は、久白を連れて近所の祭りに来ていた。来るのは初めてだが、毎年この時期に行われているのは知っていたため、前々から久白を連れて行こうと思っていたのだ。目的は当然イカ焼きだ。
 祭りといえば必ず一軒はイカ焼きの出店が出るというほどポピュラーなもので、久白を連れてこないわけにはいかない。案の定、祭りがあることを教えると久白は赤尾が誘うより先に一緒に行こうと言ってきた。
「あ、赤尾さん。イカ焼きあった!」
 期待どおりの反応に、赤尾は笑った。この大飯喰らいの獣は、見た目の繊細さを裏切る食欲をいつも見せてくれる。そのギャップがいい。
「イカ焼き三本くださ~い」
 三本なのか……、とその食欲に感心するが、一本は赤尾に差し出された。思わず受け取り、「くれるのか?」と聞くと久白は満足げに笑う。
「俺の奢り」
 両手に一本ずつ持ってイカ焼きにかぶりつくその様子を見て、よほど好きなのだとわかる。
「うんま~。やっぱイカ焼き最高~」
 料理人としては、恋人が他人の作ったものを、自分の料理より美味しそうに食べるのを見ていると少し面白くない。いい年してガキっぽいとは思うが、自分の作ったものが一番だと思わせたいのだ。唇の横にソースをつけるほど夢中で食べているのを見ると我慢できなくなり、赤尾は軽く身を屈めて顔を近づけた。
「……ん!」
 唇の横についたソースを舐めると、久白は固まる。こんなことをするタイプだと思っていなかったのだろう。驚いた表情に満足する。久白には翻弄されっぱなしだ。たまにはこんなふうに驚かせるのもいい。
「何、こんなところで……」
 赤尾はしてやったりとばかりに「ふふん」と見下ろしながら笑う。そして、強く誓った。
 イカメインのメニューを考案してやる、と……。
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