他人と深く関わることを避けてきた弥千代の前に、うさ耳を持つ悪魔・阿門が現れた!
強引に契約を結ばされ身体を奪われた挙句、願いを言えと強制される。
しかし、弥千代には阿門が言うような派手な願望は全くなかった。
阿門は弥千代にあれこれ与えて甘やかし、欲を覚えさせようとしてくるけれど、
一番心に響いたのはうさぎ化した阿門そのものだった。
もふもふに癒やされ、淫らなイタズラに翻弄されているうちに、
阿門の存在に安心感を覚え始めてしまい……!?
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登場人物紹介
- 春野弥千代(はるのやちよ)
疫病神と母から罵られて以来、他人と深く関わることを避け質素倹約な暮らしをしていた。
- 阿門(あもん)
上級悪魔。昇進をかけた記念すべき666人目の契約者を探していたところ、弥千代に目をつけるが…。
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第一章
「おい、少年! 無視をするな階段を登っているそこの少年! 少し手を貸して欲しいことがあるのだ」
仕事から帰宅した、夕暮れ間近の住宅街。
自宅のあるアパートの、階段を登ろうと片方の足を上げたところで、春野弥千代は背後から聞き覚えのない声で話しかけられた。
そもそも自分は、少年呼ばわりされる年齢ではない。
不愉快に思いながら振り向くと、すらりとした長身の男が、不自然によろよろしながら立っている。
──なんなの、この人。
どっしりとした黒い膝までの長さのマントを着て、フードを深くかぶっているため、夕闇のせいもあって表情はよくわからない。
だが、まったく見知らぬ男だということだけは確かだ。
おまけにマントの下にはブーツという、コスプレ衣装のような格好をしているとあって、不審なことこの上ない。
そして弥千代には、それがたとえ清純そうな美少女だったとしてさえも、他人と接触することは極力避けたい事情があった。
すぐに顔を前に戻し、再び階段を登り始めた弥千代だったのだが。
「待ちたまえ、少年! 手を貸してくれと言っているではないか。実はだな、腹が痛くなってしまって」
男はすがるように言って、こちらへと近づいてきた。
それでも無視を決め込んで、さらに階段を速足で登る弥千代の足が、下からガッとつかまれる。
「っ! なにするんだよ!」
さすがに驚き、声を荒らげて後ろを見ると、男はなおも懇願してくる。
「そこはきみの家だろう? トイレを貸してはくれまいか」
「嫌だ」
見ず知らずの妙な男を、部屋に入れるなどとんでもない。断固とした声で、弥千代はにべもなく断った。
「それでは、せめて水を一杯飲ませて欲しい。薬を飲みたいのだ」
「公園に行けばいいだろ、水飲み場がある。確か公衆トイレもあったし」
冷たい声で告げる弥千代だが、男はまだあきらめようとしなかった。
「では、その公園への行き方を教えてくれ。この辺りの地理には疎くて、よくわからないのだ」
男は言いながら、弥千代の足首を離そうとしない。
動かそうとしてもびくともしないその力の強さと執拗さに、弥千代は気味が悪くなってくる。
「わかんないなら、携帯で地図見ればいいんじゃない?」
「私は携帯などというものは持っていない。貸してくれ」
「嫌だってば。いい加減に離してくれよ」
「貸すのが嫌ならば、調べて教えてくれるだけでもいい」
「なんだよもう、しつこいな!」
言って弥千代が必死に足をはらうようにすると、ようやく男は手を離した。
だらりと両手を下げ、こちらを見上げてくるその様子は、やはりどこか異様で怖くなってきた。
弥千代は背筋に悪寒が走るのを感じ、思わず両手で自分の身体を抱く。
「……公園は、そこを真っすぐ行って、薬局を左に曲がったところ」
それだけ言って、弥千代は階段を駆け上がり、もう振り返ることはせずに鍵を開け、自室へと飛び込んだ。
「ふう。なんだったんだろ、今の」
つぶやいて電気をつけ、部屋に上がった弥千代はそこで、アッと声を出す。
部屋の中央に今の男が、俯いて立っていたのだ。
「な……なんで。いつの間に、どうやって入ったんだ!」
弥千代は慌て、男の腕をつかんで引っ張る。
「早く出てけよ! 行かないと、警察呼ぶからな!」
そう叫ぶと、男はゆっくりと顔を上げた。
フードつきのマントがばさっと肩から滑り落ち、その顔が電灯のもとに露になる。
「まあ落ち着くがいい、無力な仔羊よ。慌てなくとも時間はたっぷりとある」
わけのわからないことを話し出した男の顔は、激怒していたはずの弥千代が一瞬とまどってしまうくらい、完璧なまでに整っていた。
年齢はおそらく、二十代後半だろうか。平均的な身長の弥千代より、頭ひとつかそれ以上に背が高い。
銀髪で縁取られた白皙の顔。その鼻梁は細く高く、薄い灰色の瞳は大きく鋭どく、濡れたように光っている。