「もう親友をやめる。さよなら、七尾」
母親の突然の再婚に動揺したユキは、家を飛び出し中学卒業まで住んでいたあかね町へ帰郷する。四年ぶりの再会だというのに、幼馴染の七尾は消防団の仕事に夢中で、ユキに対してそっけない態度を取っていた。
日に焼け逞しく鍛えられた七尾の姿に、懐かしくも淡い気持ちが蘇るユキだが、過去のトラウマから互いに一歩踏み出せず、ぎこちない時間が過ぎていく。
そんな中、あかね町に超大型の台風が迫っていて――!?
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登場人物紹介
- ユキ・日野幸男(ひのゆきお)
服飾系の専門学校に通うオシャレ男子。中学卒業まであかね町に住んでいた。天然でちょっと抜けている。
- 七尾武(ななおたけし)
ユキの幼馴染。あかね町の消防団に所属し、普段から体を鍛えている。ある日からユキを避けるようになるが……。
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ローカル列車に揺られて、ユキこと日野幸男は窓の外を眺めていた。
黒い雨雲に、時々小さな稲妻が走る。四人掛けのボックスシートの向かいには、小学生くらいの女の子が座っていて、さっきからユキをちらちら見ている。
ビートルズにしてくださいと言ったら、なぜかこうなった金髪のおかっぱ頭。それにショッキングピンクのセーラーカラー付きTシャツなんぞを着た、男か女かよくわからない、ちまっとした生き物が珍しいのだろう。もうすぐ成人式なのに、同い年くらいに思われているのかもしれない。
女の子に笑いかけてみるが、ぷいっと顔を逸らされた。なんだよおい。
視線は他の乗客からも感じる。都内から乗り継ぎを三回もして二時間。列車の外には青一面の水田風景が広がる。昭和製の色褪せた車内で、ユキだけが別の世界の生物のように、全身から原色を放っていた。見るなと言うほうが無理だろう。ここは田舎だから、仕方ない。
イヤホンのボリュームを上げて、膝の上に置いたバックパックを開けた。破れて半分しかないぼろぼろの画用紙を取りだすと、思わず笑みが零れる。それはクレヨンで描かれた、拙い拙い絵日記だ。
八がつ五にち(木)
今日台ふうでさいれんがなって、びっくりしました。びっくりしたら、じんじゃの川におちました。ぼくはおよげなくて、たけちゃんが来て、たすけました。でもたけちゃんもいっしょに、おぼれました。たけちゃんは、お父さんにおこられました。ぼくは、わるかったとおもいました。たけちゃんごめんなさい。それから、
絵日記は中途半端なところで終わっている。残りの半分の画用紙がいつからないのかは、もう記億があやふやだ。何しろ小学一年の時に描いた夏休みの宿題なのだ。
「意外と、こっちの家に残ってたりして」
なんて独り言を呟くと、イヤホンの音楽が途切れ、雨音が漏れてくる。同時に『雨のため列車が遅れています』と車内アナウンス。今年の夏は梅雨が長引きすぎて、八月も中旬に入ったというのに、晴れの日がほとんどない。
イジョーキショーだなあ、地球大丈夫かなあ、と他人事のように思っていると、変わらない木造の駅が見えてくる。列車はゆるりと、こじんまりしたホームに停車した。
重たいスーツケースを引き摺って階段を上がり、去年できたという自動改札を抜けて、停留所のベンチに腰を下ろす。
路線バスに乗り換えれば、故郷の町はもうすぐだ。