小説

どうしようもない恋

著者
バーバラ片桐
イラスト
高城たくみ
発売日
2018年7月20日
価格
680円(税抜)
サービスするから、しばらく置いて

官僚として昇進することにまい進していた東宮の前に現れた、かつての恋人・三隅。 過去に借金を押しつけられ、姿をくらまされて以来、二度と会うつもりはなかった。しかし、三隅の圧倒的な男前力に抗えず、あっという間に再び身体を重ねてしまう。さらに尽くし型のヒモ体質の三隅は、東宮の家にしばらく置いてくれと懇願してきた! 追い出したいのに疼く恋心が三隅を拒みきれない。このままでは昇進に差し障ってしまうと考えた東宮は上司の娘とデートをするが……。

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登場人物紹介

東宮柊夜(とうみやしゅうや)

財務省に努めるエリート。昇進を目論んで上司の娘とデートをすることになるが……。

三隅陸(みすみりく)

世話焼きヒモ男。5年ぶりに東宮の前に現れた。

試し読み

「え……。ですから、この予算に関しては是非ともご配慮いただきたく」
 財務省の若きエリートである東宮柊夜は、そんな言葉とともに深々と下げられた禿頭を冷ややかに見つめ返した。
 財務省は国の予算配分で、各官庁に対して強大な権限を有している。
 だからこそ、次年度の予算の上積みを求めて、このような陳情が引きも切らない。特にもともとの予算規模が小さな省庁では、数億上積みされるのは大きな意味を持つ。
 だからこそ省庁トップクラスが、こんな二十代後半の若造にぺこぺこと頭を下げることとなるのだ。
 財務省は最強省庁と言われ、そこに集う官僚はエリート中のエリートだ。
 東宮はそんな財務省に入って五年足らずであり、その地位は本庁係長にすぎない。だがその優秀さと、いかにも官僚じみた怜悧な美貌と不遜な態度で、周囲から一目置かれているようだ。
 何より直属の上司である黒瀬課長に、何かと目を掛けられているのが大きいと実感していた。課長の秘書的な役割をこなすことも多くある。今回もその課長に面談を頼まれた案件だ。
 大切な相手なら、課長が直接会うのがセオリーだ。自分に代役を任される面談者は所詮は雑魚であり、まともに取り合わなくとも問題はない。
 ――そろそろか。
 義理を果たすための面談時間が経過したことを腕時計で確認し、東宮はテーブルの上にあった資料をまとめた。そんな退去の合図を受け取って、相手は立ち上がり、また深々と頭を下げた。
 「是非とも、よろしくお願いいたします!」
 財務省以外の省庁となると、トップでもここまで頭を下げなければならない。そんな立場に、哀れみの感情までわき上がってきた。
 「わかりました。そのご意向を、上に伝えます」
 そう伝えると、東宮は面談を終えて自分の机があるフロアまで戻った。その途中で、黒瀬課長の席に立ち寄る。
 今は十月で、予算編成のまっただ中だ。
 定時をとっくに過ぎた午後九時という時間であっても、職員はまだ半分以上はいた。
 財務省と各省庁の間で、予算に関してのヒアリングがされる時期だ。予算の大枠が決まってからでは、予算案は動かしがたいものとなる。
 それ以前にどうにかして上積みを勝ち取ろうと、何かと面談が入るタイミングでもあった。
 偉い人が自分にぺこぺこすることに慣れすぎて、東宮の感覚は半ば麻痺していた。新人のころこそ多少は興奮したものの、今は面倒だという感情しか生まれない。
 今回の陳情の要旨を伝えるために黒瀬課長を探したが、あいにく帰宅した後のようだ。机の上に資料とメモ書きを残して、自分の席に戻る。
 ――俺も帰ろ。
 少しの間離席していただけで、机の上にはごっそりと書類やメモが置かれている。急ぎのものだけ対応してから、東宮は鞄をつかんだ。
 「帰ります」
 こういうのは、割り切りが大切だった。仕事はいくらでもあったし、若手のうちは働かされるだけ働かされて、そのタフさを認められたものだけが生き残るサバイバルだ。だが、五年目ともなれば手を抜くポイントもわかってくる。
 まだ十月だから、忙しさは本番ではない。本当の繁忙期に戦える体力を残しておくために、休息も必要だった。
 階段を下り、財務省のビルの正面玄関を出たときには、すでに外は真っ暗だった。
 最寄り駅は霞ヶ関せき駅であり、地下鉄への出入り口が信号を渡った日比谷公園側にある。
 そこに向かって歩き出した東宮だったが、ふと視線が玄関脇の柱の陰に向いた。
 ――え。
 誰かと待ち合わせをしているかのようにたたずんでいる、コート姿の人物に視線が吸い寄せられる。
 まず、そのシルエットがよかった。霞ヶ関に多いビジネススーツ姿ではなく、少しドレス感のあるトレンチコートだ。
 広い肩幅を見せながらも全体的にはすっきりとしていて、肩から長くマフラーを伸ばした姿が気障でもあった。
 だが、その洒落た姿がさまになるのは、モデルなみに顔が小さくて、全身のバランスがいいからだろう。通りがかった女性が、わざわざ振り返ってまで彼を見ているほどだ。
 だが、その男を目にした瞬間、東宮の顔は強ばった。
 ――あいつだ。
 見ただけで鼓動が乱れる。一番会いたくて、会いたくない因縁の相手だった。

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